1. HOME
  2. コラム
  3. 所感
  4. 新宿一丁目

新宿の顧問弁護士なら弁護士法人岡本(岡本政明法律事務所)

当事務所では、上場企業(東証プライム)からベンチャー企業まで広範囲、かつ、様々な業種の顧問業務をメインとしつつ、様々な事件に対応しております。

アーカイブ一覧はこちら

新宿一丁目

カテゴリ : 
所感

1.     「新宿一丁目」と言う言葉は、大変響きがいいですね。当事務所の所在地ですが、気にいっております。土地の面積も新宿二丁目まで歩いて10分弱程度のものですから、隅々まで歩いております。
これまで新宿一丁目は、これといった場所ではなく、自慢できるようなものがないと思っておりました。でも地図を見ても分かりますとおり、南側に新宿御苑があり(事務所の窓からも新宿御苑の森が見えます)、新宿通りと靖国通りに挟まれ、南寄りに丸の内線の新宿御苑駅があります。繁華街である新宿駅から歩いてもたいした距離でもないので、新宿駅まで歩いて通勤する人も多いですね。弁護士見習い中の司法修習生の方で、何人かの人から「新宿駅から事務所まで歩いて通っています」と聞いております。
寧ろ、良い環境にある場所に事務所を開いたと言えるのではないでしょうか。

2.     新宿一丁目という場所の表記ができた経緯について、“由来”が記された記念碑を見つけました。
区民センターの横に小さな記念碑が建てられておりました。新宿御苑の駐車場の傍で人のあまり通らない場所にありました。四谷区民センターの南側、内藤町に抜ける細い路地ですから見つけるのも難しそうです(残念ですね)。
それはさて置き、記念碑の全文を紹介しましょう。
「内藤新宿開設三百年記念碑
元禄十一年(一六九八)六月、浅草阿部川町の名主・高松喜兵衛(後の喜六)らの願いにより、ここから新宿三丁目交差点付近までの約一�劼法⊃靴燭塀評譴箸靴董崙眛�新宿」が開設された。
この宿場は、享保三年(一七一八)に一旦廃止されたが、五十四年後に再興されて以降、甲州・青梅両街道が交差する、交通の要衝として、また文化と娯楽の町として繁栄をつづけ、平成十年(一九九八)、開設三百年を迎えることとなった。
新都心・新宿の出発点となった内藤新宿の歴史と先人の歩みを記念し、ここに記念碑を建立する。
平成十年十一月
東京都新宿区 」

3.     新宿二丁目については、種々の由来や歴史があります。これまでも当コラムで 何度か紹介しておりますが、今では、普通の「町通り」でしかありません。新宿一丁目より狭い場所ですが、新宿駅に近く、何かありそうな感じのする場所です。
江戸時代は、関所を越えて旅に出る出発点で、その開放感で遊ぶ人が多かったのでしょうね。確かに甲州街道や青梅街道の出発地点ですから、止むを得ないのでしょうが、町もそれに合わせて“町造り”されたのでしょう。
私が新宿に来た頃は、通りに男の人がやたらに「たむろ」しておりました。旅に出る出発点というような雰囲気などなく、何の店か分からないような建物の前で、何故か?多くの男性が集まって“立ちっぱなし”でした。不思議でしたね。食事を提供する店にも入りづらい雰囲気がありました。
最近は、たむろする男性の集団は本当に減りました(でも、まだ居るのです。不思議です)。
当時は、新宿二丁目で食事をするのは控えておりましたが、最近は、どうということはありません。
新宿通りのアパホテルや丼物の店で食事することが多いです。通りを歩いても、昔のような違和感などありません。寧ろ、お寺様が3か所もあり、新宿二丁目のかなりの面積をお寺が占めており、通常の街歩きと変わりはありません。何度も紹介しましたが、その一つが太宗寺です。広い境内を入った左側の隅に“塩かけ地蔵”があり、何時もお参りしております。“塩かけ地蔵”様も紹介済みでしたね。

4.     新宿一丁目の話に戻します。
これまで区民会館も新宿一丁目にあるのだと思っておりましたが、
四谷なのですね。
でも新宿1丁目には公園が三カ所もあります。そのうちの一つである花園公園は、休むのに最適ですが、皇族もいらっしゃる巨大な公園、新宿御苑を自慢しない訳にはまいりません。
その入り口の大木土門は、すぐ傍です。

 

 

お問い合わせ

お電話でのお問い合わせ:03-3341-1591

メールでのお問い合わせ:ご質問・お問い合わせの方はこちら

  • 閲覧 (4315)
▲