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		<title>コラム</title>
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		<description>新宿の顧問弁護士なら弁護士法人岡本（岡本政明法律事務所）-Giving our maximum endeavor in fulfilling client expectations</description>
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		<category>コラム</category>
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			<title>弁護士業務は「寄り添い」にあり（会社犯罪と社員個人責任）</title>
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			<description>１.　大林組の会社犯罪が毎日のように報道されております。私の叔父が、戦前、日本大学建築学科卒業後、大林組で働いていたこともあって関心をもって見ております。大林組は、10年以上の昔、談合事件との決別宣言まで出したのに不思議だなと、その経緯を見ております。
今回の事件は、リニア中央新幹線関連工事を巡る偽計入札妨害事件とのことです。この犯罪は、談合罪と同じ内容をもつものですが、発注者がJR東海という東海旅客鉄道株式会社という一部上場企業であり、公的団体でないことから、刑法第96条の3にいう「競売等妨害事件」として立件しているのであろうと推測されます。
私も昔、ゼネコンの談合事件を受任したことがあります。スーパーゼネコンを含む100社に及ぶ談合事件で、審判事件は、公正取引委員会が入るビルの最上階の大講堂で行われました。何回も続く審判手続き中、きちんとした発言及び書面が評価されたのか、我々は後ろの席から、どんどん前の席に移動を命じられ、スーパーゼネコンと並ぶ席に移された後、最後は審判長の面前の席に移動させられました。また、審判の山場では、大手弁護士事務所を差し置き、盟友比佐守男弁護士と私が、新聞記者から追っかけをされるほどになりました。でも活躍したなどという気持ちは全くありません。依頼者の気持ちに寄り添ったのみです。
上記事件も、今回の大林組の事件も、会社犯罪の典型例であります。&amp;nbsp;
別に珍しいことではありませんが、当事務所も新しい弁護士を迎えました。せっかくなら、弁護士業務とは何なのか、弁護士道とは何なのかを考えるきっかけになればいいと思いました。従って、今回から暫くの間、相手方としてではなく、そもそも依頼者内部で対立せざるをえない事件を紹介してみたいと思います。
つまり、弁護士は、依頼者が誰であろうと、依頼者の内部で全く逆の立場にたって物事を考える必要が生じる事件を紹介し、弁護士業務とは何なのかを問いかけしてみたいと考えました。「依頼を受けた人に寄り添うとは何か・・」が考えられるようなコラムに挑戦します。


２.　　実は、上記事件の直後、スーパーゼネコンで、高い地位（○○支店長）にある友人から、有名な談合事件の相談を受けました。その友人は既に他界しているため、このコラムを書けるのですが、当時の超有名事件における私の弁護士業務を評価して相談に来てくれたと思っていたら、実は、会社における自分の身の保全でした。依頼者には、会社利益に相反する助言しかできないことがすぐに分かりました。
&amp;nbsp; &amp;nbsp;　　その友人には、談合をした部下から事情を聞き取り、友人に不利益が及ぶかどうか確認させました。報告書など公的な書面は当然として、パソコン、電話受信記録等の一切を調査しました。その結果、会社の体質も含め、会社が友人を犠牲者にして処理する可能性が非常に高いと判断されました。友人は、会社責任者として、会社に対する被害を最小限に抑えたいという気持ちと、自分が犯罪者にされるであろうという会社の在り方に対する批判的な認識との間で揺れておりました。刑事罰も怖いですが、談合罪の課徴金も高いのです。課徴金は、売上金の１０％から数％ですから（今回の大林組の契約額は約90億円ですから、課徴金は数億になる可能性がある）大変な額になります（この具体的な金額を書いたら、私なら、すぐに何の事件か推測できます）。
&amp;nbsp; &amp;nbsp;　　そもそも前項にて紹介した私の事件では、地方公共団体の職員が一人自殺をし、何人かが逮捕されているのです（超巨大事件では、自殺者が出ることは珍しくありません。故に事件名は　推測できないはずです）。私は、無料にて、何回も彼と相談しました。会社が依頼している大手の法律事務所は信じるな。大手事務所弁護士は「平然と君を裏切るぞ」と具体例を教えました。最後に、私と打合をせした以外のことはしないと約束させました。結果、友人が危機を乗り切ったことは言うまでもありません。今になって思うことは、大学時代の共通の友人である奥さんにこの話をしてもよかったということです。
&amp;nbsp;
３.　受任に至らなかったとはいえ、事件の詳細を本コラムで書くことができない事件も経験しております。
&amp;nbsp; &amp;nbsp;　　自殺した社員の家族の方から、談合事件で悩んでいた子供が自殺してしまったという相談を受けたことがあります。事案を詳細に聞き取り、当人の日記帳やメモを精査しました。私の法的な結論は、パワーハラスメント事件と認定されると申し上げました。当然、私は家族に寄り添いますから、談合事件での責任を彼一人にしわ寄せする会社は許せないという結論をもって、今後の進行スケジュールをお教えしました。
&amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp;　　つまり内容証明による会社に対する責任追求、同時に報道に対しての公表及び記者会見、そして労働基準監督署及び刑事の告訴、損害賠償請求訴訟等です。私の意見が会社社長に伝わり、社長から家族に、直に謝罪がありました。家族は、会社を思う息子の日記帳を全員で何回も読まれたそうです。会社の対応が真摯なものに改まったこともあり、このまま終わりにされることに落ち着きました。直後、家族の方々がお礼に見えられ、私の家族に寄り添う気持ちが、こんな意外な結論になったと申されました。私には「こんな意外な結論」という言葉が報酬になりました。
&amp;nbsp;
４.　今後のコラムの流れを、次のように考えております。次回は、やはり会社犯罪「粉飾事件」を紹介します。その後は相続財産管理人申立の破産管財事件です。裁判所が依頼者ですが、真の依頼者は誰なのでしょうか。そして、離婚事件の際、弁護士が年金分割の申立てを行わず２年が経過してしまったという事件です。内部の敵に弁護士が登場するという順番で、本コラムを書きたいと考えております。</description>
			<pubDate>Tue, 19 Dec 2017 10:40:00 +0900</pubDate>
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				<item>
			<title>弁護士の能力（説得の対象は誰か）</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=132</link>
			<description>１.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　証人尋問の劇場性に関係するコラムで、書き残したことがあります。 裁判が、「劇場性のあるショー」のように楽しめるものかどうかという視点で、本コラムを書いてきましたが、日本の裁判が「ショー」としては不適切であろうと何度かお話ししてきました。
　しかし、弁護士が弁護士活動をしていて、「劇場的」とも言えるような刺激的場面がなかったかというと、優秀な弁護士の方は「たくさんあった」と言われるはずです。私もそんな刺激的な場面、「劇場のショーのような一幕」の場面は、いくらでも思い出せます。
　言い残したことがあると言いますのは、その刺激的場面が「劇場性」に通じるとも言えることから、今回のコラムでは、その刺激的場面が、どのような場面で発生するのかを書いてみたいと思ったのです。
２.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　説得するべき相手は誰か？ということは弁護士にとって常識です。 陪審裁判であれば判断権者は陪審員ですから、陪審員への説得が必須であり、この証明過程が劇場的だったのですね。
　でも通常、訴訟の判断権者は、裁判官になります。争う双方の主張のいずれが正しいのか、誰が判断する立場にあるのかということに尽きます。その判断権者が、今迄言っていたことと違って、全く逆の結論に判断を変えてしまったのであれば、必死で依頼者の主張を続けてきた弁護士にとって、それは劇的な勝利です。刺激的な場面であることは間違いがありません。依頼者がその一部始終を見ていたなら、自分の主張が入れられたことによって、感動を受けない訳がありません。
　裁判官と論争になって、当方有利な証拠を示しながら40分以上議論して、結局、逆転し、勝訴判決を得たこともあります。その際に、私が示す証拠を私の説明に従って、次々と裁判官の面前に示すという、離れ業のような作業をしてくれた副所長の事件に対する理解の深さにも感心しました。依頼者は、一部始終を見ておられ、本当に喜ばれました。
　或は、証人尋問中、真正な登記名義の回復について相手弁護士が不勉強で意味不明の質問を連発したことから、裁判官が、我々に軍配をあげて論争を終わりにさせました。このような経緯から、その後の証人尋問も当方有利に運び、証人尋問に出ておられました依頼者は、明らかに裁判官の思考が逆転したことが分かったとまで感想を述べられました。
　この件も、当方が勝訴同然の和解にて決着しております。 これらの裁判歴はいくらでも示せますが、判断権者である裁判官を説得することができた事実等を示すことによって、誰かを不愉快にさせるのは、私の趣味に合いません。 
３.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　裁判で決着がつくことを予測して、今後の予測を立てるのは常識だと説明するのは馬鹿々々しい。そもそも法律家は、要件事実論に従い、無意識に判断しております。それは裁判にならなくとも、弁護士双方が、要件事実論による分析と当該事件における事実を徹底的に洗い出しして、有利・不利の分岐点を探り、事件の解決に臨むのです。
　弁護士になった当初は、このように事件の分岐点を推理するという当然のことが、困難なようですね。要件事実論を勉強したのかという弁護士もいますから・・。
　もちろん、裁判が当然の前提ではあっても、それより有利に解決できると判断して、他の制度、例えばＡＤＲ・裁判外紛争解決手続を利用したこともあります。
　裁判における事件の分岐点を整理していて、私的調停制度を利用するほうが、当方にとって有利になるという次の高等戦術に進むのです。 
４.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　その事例を一つあげてみます。
　当コラムの「金融取引」の項目でも紹介しました全国銀行協会による私的な裁判外紛争解決機関（ＡＤＲ）によるあっせん申立てでは、このような高等戦術を使わせていただきました。
　この事例は、銀行が十分な説明もしないで「為替デリバティブ取引」をさせて、多くの市民に損害を与えた事件です。大手町に開設されたばかりのＡＤＲに行って、あっせん委員を説得しました。
　事件は、二つの銀行に対する申立てでした。一つ目の事件は、超大手銀行が「儲かります」としか言っておらず、中途解約時の費用の説明もなく、詐欺行為の一種という認定が働く事案でした。もう一つは別の超大手銀行によるもので、当方依頼者は、前の取引で知恵がついており、説明不足とまで言えない事案でした。
　訴訟にすれば、第一の事件では勝訴するが、第二の事件で多額の敗訴判決を受ける恐れがあったのです。であるなら、二つの事件を一挙に解決し、しかも第一の事件を有利に使う方法がないかどうかを考慮の一つにしたのです。
５.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　この調停では、銀行側関係者から当事務所に対し、ずいぶんお褒めの言葉をいただきました。
　そもそもあっせん委員は、公正に選出されると言っておりますが、全国銀行協会側で選ばれるのですから、今、流行りの「忖度の精神」によって、銀行にとって最悪の解決(裁判による大手銀行全面敗訴)は、できるだけ避けようとするはずです。
　一社は、明らかに違法ですから、何とか上手に二つの事件を纏めるためには、適法と判断される一社に対し、当方有利な解決案を提案しない限り、私は和解しません。適法だと判断している他方の金融機関に妥協をしてもらうしかないのです。
　見事！実に、当方有利に和解が成立しました。銀行側の関係者が、何度も「例がない」と発言した和解で終わりました。
　当事務所の若い弁護士先生が、感激して、直後にレポートを出してくれました。「無い袖は振れない抗弁」(払いたいが、お金がなくて払えません)の見事さを褒めてくれました。しかし、それは違います。先ず、第一事件である金融機関の詐欺に迄発展しかねない不法な経緯の立証が完璧であったこと（これは副所長作成の長文の申立書です）、そして、不利な和解を回避するため、二つの金融機関の事件を、一挙に申立てをするという知恵(当事務所の見通し力)を褒めて欲しかった。 
　ところで、依頼者代表者は、ご夫婦揃って、その一部始終を見ておられました。大感激していただき、大手町からの帰途、高級レストランでランチコースをご馳走になりました。</description>
			<pubDate>Tue, 29 Aug 2017 14:30:00 +0900</pubDate>
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				<item>
			<title>証人尋問の劇場性（模擬陪審裁判は面白い）</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=131</link>
			<description>１.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　前回、証人尋問の劇場性について書きましたが、書いた後、面白い社会現象に気づきました。
我が国で、裁判員裁判制度の導入が具体的になった頃、裁判所の内部を案内する業者のような方が出てきたと噂になりました。当時、新たなビジネスが生まれたと驚いたものです。しかし、今では、このような業者の方の話が出てこなくなりました。つまり、裁判員裁判制度が導入されたからと言って、外国の陪審裁判のように「ショー」になる要素は殆どありません。裁判所内部の見学は、司法制度の勉強にはなっても、劇場性もなく、面白味が全くないからです。日本で裁判所巡りをするより、観光地巡りのほうが面白いと言われるのは心外です。
従って、今回は、誰でも参加できた３０年程前の&amp;ldquo;陪審裁判の模擬法廷&amp;rdquo;のお話しをし、当時は「ショー」としての側面も楽しんでもらうため、一生懸命頑張っていた昔の話をしてみたいと思います。 　平成１６年５月２８日、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が成立し、やっと我が国にも国民の司法参加が可能な裁判員裁判制度が実現することになりました。法曹界で、国民の司法参加が強く主張されるようになったのは、それ程、昔のことではありません。第一東京弁護士会で、そのための「下働き」を一番長く続けたのは私であると自負しております（この経緯に詳しい人なら反対する人はいないでしょう）。ですから当時のエピソードを紹介できる適役だと思っております。 
２.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　ここで申し上げておかねばならないことがあります。私は、我が国の裁判を「ショー」或は劇場性のあるものにしようなどと思ったことは絶対にありません。
その証明というには大袈裟ですが、原体験の一つをお話しします。
司法試験合格後、司法研修所における最初の刑事裁判での授業のことでした。その最初の授業で&amp;ldquo;陪審裁判について考察しよう&amp;rdquo;と問題提起されました。クラスの皆さんは、陪審裁判を無批判に受け入れるか、チンプンカンプンのようでした。私は、敢えて&amp;ldquo;民主主義が徹底してから陪審裁判を考えればいい&amp;rdquo;と自己の体験と参審員裁判を念頭に置いた所信を述べました。今でもその考え方は正しいと判断しております。
その意味としましては、私は、あくまで主権者である我々（皆さま）が司法制度に参加できるようにし、官僚一色の、しかも悪弊はびこる日本の司法制度に問題提起をし、風穴を開けたかったのです。
当時、模擬陪審裁判に参加していた多くの弁護士も、私と同じ思いであったと信じます。 
３.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　早速紹介ですが、関係者を含め数百人規模の、且つ賑々しい模擬陪審裁判は、東京では二回ありました。この二つの模擬陪審裁判については、当時出版された本がありますので（現在では入手不能です）、それに基づいて紹介しましょう。
一つ目は、平成６年（１９９４年）９月３０日、銀座ガスホールで開催しました。第一東京弁護士会と第二東京弁護士会の共催です。
当時、小さな模擬陪審法廷を開催することには飽きてきておりました。しかも劇場性においても工夫がなくなっておりましたので、新宿御苑にある青年劇場と、舞台監督として有名な宮崎監督にもお願いし、銀座ガスホールを借り切ったのです。失敗は許されませんよね。
私は、一万円を盗んだ被告人の役を演じました。その基本となる無罪事件の発掘は、シナリオチームの優秀な岩崎先生が選定されたように記憶しております。私は、「無罪」色が強すぎるシナリオに疑問を持ち、「有罪」色を強めるため、即ち劇場性を強めるために、当該事件を扱われた千葉県の弁護士さんに突然電話をして、指導を受けたことが鮮明に記憶に残っています。
でも「ショー」としてはもう一つだったのです。
当時、出された「模擬陪審裁判の実践と今後の課題」には、陪審員として参加された方の直後のアンケートが残されておりました。その方は、次のように述べておられます。「被告人の人柄が良過ぎて初めから心証が良かった、もう少し品のないキャストにしたほうが良い」と記載されているのです。
笑ってしまいませんか。私は俳優失格です。しかしながら、この本には、私の息子である中学生時代の副所長が参加してくれたアンケートの記録がありました（中学生の参加者は、一人のみとの記録あり）。今回始めて、中学生時代の副所長の心構えを知りました。
４.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　もう一つは、弁護士会館竣工記念として平成７年（１９９５年）１０月１４日、できたばかりの弁護士会館３階、大講堂「クレオ」にて開催しました。この模擬陪審裁判は日本弁護士連合会と東京３弁護士会の４者共催で行いました。私は、事務局次長として、「第８章　広報・総務チームの総括」として、如何に報道に関心を持たせる工夫をしたかをメーンに、一番長い報告書を書いております。
　この模擬陪審裁判も劇場性において失敗しております。弁護士役の先生が、大反省をされておりますので紹介しましょう。
「しかし、やってみると、自分は分かりやすくやっているつもりなのに、全然わからないと、練習中に随分演出の先生に言われまして、そういうものなのか、知らず知らずに私たちは業界の言葉で染まっていたんだなというのを改めて感じました」。ショーは、難しいのです。 
５.&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 　今回は「弁護士の能力」というテーマから大分離れました。でも優秀な弁護士は、模擬陪審裁判でもその能力を発揮しておられます。つまり、弁護士としての優秀さは、その時の「見極め」にあるのです。</description>
			<pubDate>Mon, 24 Jul 2017 11:40:00 +0900</pubDate>
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				<item>
			<title>証人尋問の劇場性</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=129</link>
			<description>

１. 　前回のコラムでは、次回、証人尋問の劇場性について書いてみましょうと結びました。&amp;ldquo;証人尋問に劇場性など不要&amp;rdquo;というコラムばかり書いておきながら、その劇場性についてお話ししたいのは、その意外な結末が小説より面白いからです。
　世紀の裁判と言われたO.Jシンプソンの裁判を視察に行きましたが、そのサンフランシスコでの経験は、半端ではありませんでした。今回、同時に紹介しようと考えておりますアメリカ大統領、リンカーンの弁護士時代の証人尋問も、刑事弁護等の多くの専門書に掲載されています。劇場性を紹介するなら、この二つの事件しかないでしょうが、やはりO.Jシンプソンの裁判・刑事裁判無罪は別格です。
　それまで勉強してきた証人尋問の教科書等が色あせる裁判でした。
&amp;nbsp;
 
２. 　証人尋問の劇場性について触れる前に、一番驚いた話から始めます。20年以上前の話といっても、正確に復元することは問題があるかもしれません。多少、トーンを落とします。
　それは、報酬数億円と言われた、当時アメリカの超一流弁護士を集めた弁護団「ドリームチーム」に関与された方から直接聞いた話です。
　最初のうちは、陪審裁判の証人尋問のやり方を勉強してきた私たちにとって、通常よくある話でした。その一部が、役に立つよう標語式に纏めたメモの形で、私の古いノートに残っておりました。これだけでも我が国の弁護士には驚きでしょうが・・。
 陪審員の会議で、中心的な役割を演じる者を見抜け。 彼がターゲットだ。
 靴やネクタイを見よ。ラフな見かけの人は楽な方向に流れる。それ以上に偏見を持つ人を見つけて扇動することが重要。
 弁護士は、陪審員の誰を見て話すのかなど、証人尋問の際のパフォーマンスを検討せよ。証人尋問はショーである。
 二日目に目標とする人を見定められないとすれば、あなたは無能弁護士だ。
　国民の司法参加を標榜して世界中の裁判制度を視察していた私には、上記の項目は、それ程刺激的な話ではありません。
　次に、俗な話題になりました。弁護士の報酬が数億円であったかどうかについて、お聞きしたのです。ところが煙に巻かれました。しかし、高い報酬は当然だという話をするためでしょうか。「弁護団は、陪審員の属性等の細部についても調べ上げる」との説明がありました。これにはショックでした。ここで話しが終わってしまったのです。 探偵を使ったのかどうかなど詳細は聞けませんでした。
　我が国の裁判員のプライバシーに関する調査を事前にされたら、裁判員裁判制度は終わりです。国民の司法参加を標榜していた我々にとって、こんな恐ろしい話はありません。陪審員・裁判員には、絶対アンタッチャブルでいてほしい。
&amp;nbsp;
３. 　O.Jシンプソンの裁判で、劇場性そのものと考えられた事実は、O.Jシンプソンの自宅の門の通路に落ちていた右手の革手袋です。
　この手袋は、刑事によって発見されたものです。私たちも驚いたのですが、当時、裁判はテレビでそのまま放映され、超人気を呼んでおりました。法廷でこの手袋を嵌める実演があったのです。なんと、この手袋はO.Jシンプソンの右手には小さくて嵌まらなかったのです。この実演を見て陪審員は、この手袋に証拠性はない、無罪であると判断するのは無理からぬことではないでしょうか。
　確かに、捜査機関の証拠保存の不手際（血液の保存方法や現場に残された靴跡の靴等）や、刑事の黒人差別発言もあったのですが、極めつけは手袋を嵌めさせようとしたものの、小さくて入らないという劇場性・ショーにあったことは明白です。 O.Jシンプソンは、その後の民事裁判では逆に敗訴し、巨額の損害賠償責任を負いました。現在、無罪判決は間違いだったという風説が強いようです。事実、ネット情報というのでしょうか、右手に手袋が嵌まらなかったのは、当時、手に関節炎を患っていたが、薬を飲まないで腫れをそのままにしていたからだという話しも読んだ記憶があります。
&amp;nbsp;
４. 　リンカーン大統領の証人尋問での劇場性に触れましょう。
　頁の残りが少ないので「弁護士リンカーン」（フレデリック・トレヴァー・ヒル著）の引用に留めます。小説のように楽しまれたい方は、「反対尋問」（ウエルマン著　旺文社文庫）をどうぞ。この本は、我が国に裁判員裁判制度を導入された平野龍一先生が解説されており、裁判員制度を勉強されようとする方の必読書でもあると思います。
　引用「（殺人事件の現場を目撃したという）証人は、被告人がパチンコか何かそのような武器（ピストルではない）で致命的な一撃を与えるところを実際に見たと証言し、リンカーンは彼を問い詰めて、凶行の時刻を夜の十一時頃だったと言わせておいてから、そんな時刻にどうしてそんなにはっきりと見ることができたのか陪審員に教えてやるよう要求した。「月が出ていたので」と証人は即座に答えた。「でも、起こったことが何でも見えるくらいに明るかったんですか？」と尋問者は迫った。証人は、朝の十時に太陽のあるあたりに月が出ていて、だいたい満月だった、と答えたが、その言葉が口から出るやいなや、この反対尋問者は暦をつきつけて、月は午前零時七分に完全に没したはずであり、したがって十一時には実際上月明りはなかったことを示したのである。これがこの裁判の転換点となり、以降はすべてリンカーンの思うままに運んだという」。これを、証人尋問の劇場性だという人が多いのですが、楽しまれたい方は、「反対尋問」82頁以下（上記引用と異なる）をどうぞ。


&amp;nbsp;</description>
			<pubDate>Wed, 28 Jun 2017 14:40:00 +0900</pubDate>
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				<item>
			<title>証人尋問と弁護士の能力</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=126</link>
			<description>１.　ずいぶん昔のことですが、陪審裁判を研究することが花盛りだった頃、証人尋問の能力を自慢する弁護士の方が多数おられました。アメリカ映画で描かれる弁護士を見て、証人尋問のうまい弁護士に頼みたいとおっしゃった一般の方もおられました。 私も弁護士になった頃は、&amp;ldquo;証人尋問のコツは陪審裁判にあり&amp;rdquo;と考え、証人尋問の仕方を随分勉強したものです。模擬陪審裁判の弁護士を演じるため、舞台監督の方にお願いしたこともあります。 
２.　でも長年弁護士稼業をやっておりますと、証人尋問を上手にできるということが、即、弁護士の優劣を決するということとは全く関係ないということが分かります。
　証人尋問も弁護士の仕事ではありますが、単なる一つの業務というほどのものでしかないのです。結局、証人尋問を上手に行うためには、事件の終着点に関する見通し力と、その終着点を左右する徹底的な事実調査力に帰結するのです。
　我が国の裁判員裁判制度の採用から、アメリカの裁判と類似させて証人尋問の劇場性を強調される方もおられましたが、陪審員のみで有罪・無罪を決する陪審裁判とはやはり異なります。大切なことは、民事裁判での証人尋問まで考察するなら、その劇場性は殆どなくなってしまうのです。
　つまり、民事裁判において証人尋問をする際、相手方弁護士の目指す結論は、互いの準備書面において主張整理され、周知の事実になっております。そもそも判断をする裁判官の理解が前提になるのですから、劇場性など絵空事でしかないことが直ちに理解いただけるでしょう。
　自らの主張を裏付ける具体的な事実について、裁判官の理解を得るために、判断の基礎となる事実をたくさん集め、且つどれを強調するか工夫し、裁判官を事前に説得できねば、勝訴は見込めません。
３.　証人尋問能力を敢えて積極的に認める前提で定義するなら、それはプレゼンテーション能力というほどのものでしかありません。
　プレゼンテーションということは、他者に対する働きかけといえますが、それが効果的なものになるということは相当な能力とも言えます。
　しかし、臨機応変に対応ができるということは長年の訓練により可能になると誤解されてはいけません。経験も必要でしょうが、臨機応変に対応できるよう、その事件の分岐点、先読みに関する取り組み以外にないのです。事件に関する理解を深め、その分岐点となる事実を、どれだけ発掘できるかに尽きるのです。
４.　一つ例をあげましょう。 その事件は、集団訴訟と言って、たくさんの弁護士が将来の「飯の種」を探して被害者なる者を集め、集団で訴訟を行うものでした。その弁護士さんの中には、現在、弁護士会で活躍されている方もおられますので、詳細は省きます。
　結論から言いますと、この訴訟の帰趨を分けたのは、被告が「儲かります」と言って、客を集めたかどうかに尽きます。 この事件の長い経緯を、膨大な時間をかけて聞いていきますと、詐欺的な結末となったのは意図的なものでなく、&amp;ldquo;バブルの崩壊&amp;rdquo;によるものであることが分かります。その事実を集める苦労は、&amp;ldquo;筆舌に尽くしがたい&amp;rdquo;という言葉そのものでした。
　分岐点の一つを示しておきましょう。 
　被告担当者が、原告の一人である女性と、フアミリーレストランで営業中、その真実を語る出来事の一つがありました。その時、女性の知り合いの方が、座る席がなくて偶然同席になった際、知り合いに対する彼女の話がありました。当然、被告担当者の陳述書にも、準備書面にも書きましたが、裁判官達には原告の主張は崩せないと判断したようです。当方に億単位の和解を迫るのですから、結局、証人尋問になりました。
　裁判官の思い込みをどう崩すかが、当方のプレゼンテーションです。 最後の手段として、先ず裁判官が反対尋問を続ける私に、「その質問は止めてください」と異議を出させるまで原告の女性に対し、何時「儲かる」と言われたかの種々の場面を示して、回答を迫りました。いくつもの事例を出していたところ、思い通りに裁判官が介入してきました。そこで初めて、私は、&amp;ldquo;あなたがこの知り合いと、どのような話をしたか&amp;rdquo;について具体的な内容を聞きました。警戒していた担当者は、当時、景気の変動もあるし、保証まではできないと言っていたのです。彼女は、私が原告方の弁護士になっていれば、まず考えられない状態、&amp;ldquo;真っ白&amp;rdquo;になって支離滅裂の証言になっていったのです。
　これは、原告弁護団の勉強或は準備不足以外の何ものでもありません。これらの事実は、被告担当者の陳述書にも、準備書面にも書いてあるのですから、徹底的に準備しなかった原告弁護団の責任です。
５.　当事務所は、証人として法廷に立っていただく方に対しては、徹底して準備及び復習することが常識です。教育のようになってしまいますが、前項のように、極度に緊張される方もいらっしゃるのです。故に、相手方の質問を予想し、幾通りものパターンを作って事前の準備をします。究極は、劇場性など生じないようにすることです。事件の終着点と、その見通しがつけられるなら、その準備などそれ程難しくありません。
　結論ですが、劇場性のあった証人尋問が演じられるなら、むしろ演じさせられた証人の弁護士は、無能なのです。
でもこんなことを書いていては、コラムとして面白くありませんね。 従って、次回は、証人尋問の劇場性について書いてみます。 私が、諸外国の裁判制度、O.Jシンプソンの裁判視察など、当時興味をもったことを中心にして、紹介したいと思います。
&amp;nbsp;</description>
			<pubDate>Mon, 29 May 2017 16:20:00 +0900</pubDate>
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		</item>
				<item>
			<title>内容証明は弁護士の能力を示す</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=124</link>
			<description>１　内容証明は弁護士の専売特許のようなものです。　　事件を受任しますと、通常、先ず相手方に対し、今回の紛争を受任した旨、内容証明郵便で　知らせます。まだ先行きが見えぬ段階であっても、相手方に当方の依頼者の意向或いは本件紛　争の根本を示す必要のある場合が多いのです。当然、相手方の反発も考慮せねばなりません。　　近時、内容証明を本人以外の関係者や勤務先に出したり、或いは侮辱的な言辞を記載したり　して、懲戒処分される弁護士もいますが、本コラムはそんな馬鹿らしい警告をするつもりなど　ありません。　　つまり、最初に出すことになる内容証明は、私が何時も言っております弁護士としての必須　能力「先読み」が試されていることを知ってほしいのです。「先読み」が内容証明の中身を決　めるのです。　　当事務所は10年以上、毎年、司法修習生をお預かりしてまいりました。将来の法曹人を育て　る事務所となっておりますが、内容証明の意義について深い理解をもっておられる方は少ない　のです。当然、若い弁護士の先生方にも、その自覚を持ってもらいたいということもありま　　す。２、３日程度で起案しなければならない内容証明が、職業人としての弁護士にとって、如　何に難しい仕事かを知っていただくことが、弁護士として成長する一番の早道なのです。この　コラムは弁護士の先生も読んでおられますが、しかし、私の意識は、一般読者にあります。　　一般読者の方々は、内容証明によって、弁護士の優劣を判断することが可能であるとお知ら　せいたします。皆様のご意向が反映されない内容証明は最低なのです。そもそも事前打ち合わ　せは十分でしたか？２　誰もが知る内容証明郵便ですが、法律上の根拠から述べましょう。　　今回の郵政民営化によって郵便法等がどのように変わったのかについて触れてみましょう。　それまで公務員であった郵便局員は、通常の民間会社の社員になってしまったのです。　　郵政民営化によって、郵便局には郵便認証司が設けられました。郵便認証司は「認証事務に　関し必要な知識及び能力を有する者のうちから、総務大臣が任命する」者で（郵便法59条）、　認証事務を行います。認証とは「総務省令で定めるところにより、当該取扱いをする郵便物の　内容である文書の内容を証明するために必要な手続きが適正に行われたことを確認し、当該郵　便物の内容である文書に当該郵便が差し出された年月日を記載することをいう」（郵便法58　　条）とされております。例えば、民法では、債権譲渡の通知・承諾は「確定日付のある証書」　でしなければならないと規定していますが（467条2項）、民法施行法第5条1項6号で、上記証　書に当たるものとして内容証明郵便を規定しております。ここまでは「先読み」とあまり関係　ないですね。３　内容証明の使い方は多種多様です。　　昭和55年から始まり、30巻も発行され続けてきた「弁護始末記」（弁護実務研究会　大蔵省　印刷局発行）を紹介しましょう。昭和の終わり頃の若き弁護士の先生方に熱読されたシリーズ　ものです。　　紹介するものは、第１巻の冒頭において掲載されました。主題は「内容証明郵便の利用」で　す。紛争或いは事件の「とっかかり」として、30巻に及ぶ膨大な事例紹介の第一歩として適切　な題材だったのです。　　内容の項目を見ていただければ、内容証明の使われ方、つまり、その注意点が理解できる仕　掛けです。　?内容証明郵便は、最も親しみやすい法律手段の一つ　?内容証明郵便は、法律上意味のある手紙である　?内容証明郵便は、宣戦布告の手紙である　?内容証明郵便は、威儀を正した催告である　?内容証明郵便は、諸刃の剣である　?内容証明郵便は、ときには観測用の気球であることもある　?内容証明郵便に対する回答は可能な限り避けるべきである　?内容証明郵便は、必ず、配達証明付にすべきである　著者がいう「内容証明のチェックポイント」も上げておきましょう。　?この文書は何を目的として書いたのか　?相手方を不当に傷つける不穏当な記載はないか　?この文書は撤回し難い最後通告だと何度も考えてみたか　?相手方に誘発されて書かされた文書ではないのか　?この文書が相手方の有力証拠になることはないか　?この文書の内容が所定の法律要件を備えているか（契約解除の場合など催告期間をおいたか　　どうか等）　?この文書の効果がなかったとき次に打つべき手段を考えているか４　私が弁護始末記を引用させていただきましたのは、事件解決屋としての弁護士にとって「先　読み」の能力が問われているという指摘が不足しているということに尽きます。もちろん弁護　始末記の指摘でも、先読みが必要であることは分かりますが、意識した取り組みが必要という　ことなのです。例えば、相談当初、難しければ時系列表を作り、証拠表、要件整理表を作成　　し、理解困難なところは他の弁護士や専門家に相談する姿勢を崩してはなりません。当然法律　書や判決等の先例分析も必須です。これらの準備をして、十分な先読みがなされねば満足な内　容証明は作成できないのです。依頼者が和解を希望される場合も多いですが、和解ができるか　どうかの先読みに失敗して裁判になった場合、内容証明の内容について、裁判官がどう考える　かも大切な先読みです。その際の提案金額が下敷きになるということですよ。　弁護士でない皆様、内容証明が出される前に、相手方の対応にも配慮し、種々の視点から検証して弁護士の能力を試してください。</description>
			<pubDate>Mon, 24 Apr 2017 11:30:00 +0900</pubDate>
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		</item>
				<item>
			<title>弁護士の能力　ー　「事件の見通し」をつけられること</title>
			<link>https://www.okamoto-law-office.com/modules/d3blog/details.php?bid=23</link>
			<description>&amp;nbsp;
１　弁護士に能力差はあるのか？
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当事務所では、現在新人弁護士を募集しております。応募される修習生或いは若い弁護士諸君の提出される大量（本当にすごい）の履歴書を見ておりますと、皆様、当コラムを熟読されていることは明白です。応募する事務所の実態を知りたいと思えばホームページは分かりやすい媒体です。逆に、当事務所のコラムまで閲覧されることは採用にも有利に働くでしょう。
ところで、本コラムを読んでいただきたいお客様こそ、弁護士の能力に大きな疑問をもって、種々弁護士のホームページを閲覧されているものと判断します。お客様から弁護士を選別することは相当に難しいことでしょう。私たちは、日々いろんな弁護士と接しておりますので、その能力差は肌で分かります。これについては説明不要ですね。
しかし、当コラムで弁護士の能力差を種々書いても、自分の自慢話か、或いは嫌味な宣伝活動程度にしか聞こえないはずです。そこで私の経験で、事件の見通しをつけることが本当に大切だと痛感した具体的な事例を挙げてみましょう。事例は限りなくあります。
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２　「事件の見通し」を痛感した事件
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(1)&amp;nbsp;　はじめに
事例を三つ紹介して事件の見通しとは何かを考えてみましょう。借地契約における家屋撤去・土地明渡請求事件、借家契約の正当事由を巡る二つの裁判例を紹介し、その案件の「見通し」をつけることが如何に大切であったかを説明します。当ホームページ掲載の「借地借家の秘訣」で紹介した事例3件で説明します。これは一つの事件が全然違った角度から見てもらえることを考慮し、且つ「借地借家の秘訣」を読んでいただくために敢えてそうします。
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(2)&amp;nbsp;　ゴルフ練習場断行の仮処分
一例目は、整理回収機構（RCC）でなければできなかった通常「○○城」事件と称する案件です。本件は種々の段階で興味深いのですが、大がかりになった最初の段階は「ゴルフ練習場」の撤去、即ち断行の仮処分といって、本来の裁判を経ないで建物群を取り壊して撤去してしまうという仮処分事件です。この事件は、後に「○○城」の取り壊しとなり、そして延々と裁判が続きました。
先日、整理回収機構の元社員と久しぶりに会食したところ、この事件に少しでも関与した社員は、他の不動産屋に「あれをやりました」と自慢しているという話を聞きました。皆さん大手金融機関及び大手不動産会社の不動産専門家です（本当に私を助けてくれた社員は亡くなりました）。やはりその方も自慢気にしておられましたので、その方に「何が事件解決の方向性を決めたのか、その後の流れを決定づけたのか分かりますか」という質問をしました。この事件は金融機関が全く手を付けられない状況の中で、整理回収機構に土地所有権が移転しているという案件でした。当時、肝心の相手の方が服役中で、特別急ぐ理由がありました。ゆっくりやれば、またこれらの建物群は利用開始となり、契約は継続する可能性が高かったのです。私の部下の弁護士が、同様に弁護士である専務に対して、何回諮問を受けても満足いく回答ができなかったことも既に記述済みです。
「事件の方向性」を決めたのは荒れ放題になっている運転手用建物について朽廃を理由にして所有権登記の抹消登記ができたことです。裁判官もこの事実なくして断行の仮処分申請を認めなかったでしょう。「先読み」として、多くの整理回収機構所属の不動専門家を相手にして抹消登記を機構で行うべきであると主張し続け、結局、実行した私の「先読み」が事件解決の帰趨を分けたのです。
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(3)&amp;nbsp;　建物賃貸借契約解除の正当事由が問われた2案件
ここで紹介する建物賃貸借契約はいずれも解除を可能とする正当事由に関し、信頼関係破壊の法理から解除が認められなかった事例です。この2例は、相談者の立場が賃借人と賃貸人であり相談者にとって納得のいく解決が全く逆の結論となりました。
前者は、有名な池袋駅前北口の事案であり、専門雑誌にも紹介されています。「借地借家の秘訣」で紹介済みです。この事例は、訴訟になったことで私が受任しましたが、判決・和解で解決済みの近隣に関する証拠資料が文字通り段ボール箱一杯、訴状添付の証拠として開発会社から提出されました。ここまで解決事案が多ければ高額の立退き料をもらえばいいという判断もあり、第一審裁判官も、当初は、敗訴に傾いていることを隠そうともしない状況でした。依頼者要求の居座る結論を貫くのは意外と難しいのです。
方向性が決したのは、開発会社が法的に宅建業者として東京都に届出している会計帳簿の閲覧にありました。バブル崩壊による同社の会計内容の悪さを知り、当開発会社のすべての開発物件の調査を実行したところ、勝訴判決通りの開発がなされていないことが判明しました。この事実が急所となり当方の勝訴になるのです。
二つ目は、会社を借主として賃貸契約をした事案です。会社倒産によって会社がなくなり、賃貸借の信頼関係が入居者個人との間で成立しているように判断できる案件でした。当初お話しを聞き、依頼者が「些細なことで口論となったが、賃借人は許せない」と個人的な関係を説明されたのです。この事実にこそ本案件の将来を予測できます。当方から、信頼関係の破壊という事態は、賃貸借契約関係をみるのですから、個人的な信頼関係破壊では不十分ですと説明して和解を勧めたのですが、依頼者は私の親友である税理士の先生を全面的に信頼されており、説得できませんでした（契約主体がなくなっているのですから無理がないかもしれません）。結論は予想通り敗訴判決になりました。私の「先読み」が意味をもたなかったのですが、親友との友情は更に深まりました。
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３　「見通し」或いは「先読み」は必要か？
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弁護士に依頼する結論は、簡単に言えば、頼んで良かったということにつきます。それは当然、満足のいく結果を出してほしいということです。交渉では獲得した結果に満足できるのか？訴訟になれば勝訴判決を得たのか？分かりやすく言うと実際に得をしたのかということでしょう。弁護士と馬が合って「要求した結果は出なかったが、それはそれで良かった」なんていう都合のいいお客様はおられません。そう言われるお客様は、要求するものが通常の要求とは内容が違っただけであり、それはそれで厳しい結果を求めておられるのです。お金の多寡なら分かりやすい。しかしお客様の希望はお金以外にもあります。一つ事例を挙げますと「従業員が会社の企業秘密を持ち出したが、まだ実害がない。しかし会社のモラルの側面を考えるとお金ではなく（むしろ大損だけど）厳しく追及してください」というような要求は日常茶飯事なのです。
お客様の要求を的確に把握することが第一歩です。それが実現できるかどうか種々検討することが必要です。他分野の専門家を利用するのも結構、あらゆる方向性を検討することです。結論が依頼者の意に染まないなら、事件として受任できないことも当然なのです。
依頼があった当初、その結果がどうなるかを推測して、その結果を吟味しないと成り行き任せ、風任せになります。「風任せ事件」もありますが、それを自覚しているのかどうかなのです。
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			<pubDate>Tue, 16 Oct 2012 11:10:00 +0900</pubDate>
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