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コラム - 労働事件カテゴリのエントリ

近時、電通事件等を始めとして労働基準監督署の動きがメディアを賑わせることも多くなってきました。
労基署から連絡が来るのは所謂ブラック企業だけではありません。
実際に労基署から連絡が来た場合、或いは労基署から連絡が来る前であっても、十分な対応を取ることが必要です。

当事務所はこれまでも多くの労基署が入った事件を処理しておりますので、無料相談会の機会を設けさせていただくことにしました。
ご要望があれば、当事務所が提携している社会保険労務士法人酒井事務所と2人1組で行うことも可能ですので、気軽にお申し付けください。

1.相談日時:日祝日を除く午前10時〜午後20時のうち1時間弱
       (具体的な日時については適宜調整させて頂きます。)
2.相談場所:岡本政明法律事務所(丸ノ内線・新宿御苑前駅徒歩1分)
3.料金:無料

ご興味のある方がいらっしゃいましたら、お問合せフォームより気軽にお問い合わせください。どうぞ宜しくお願い致します。

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社会保険労務士法人酒井事務所 http://www.profit21.co.jp/sakai
と共同で
以下のセミナーを開催します。

当セミナーは、通常のセミナーのように壇上から講師が一方的に話すことは想定して
おりません。通常の打ち合わせ室でざっくばらんな質疑応答を随時行うことで交流を深めながら行っていきたいと考えております。

1.セミナー名:残業代請求に関する使用者側の対策と解決法
2.セミナー内容:
     第1部:労働基準監督署の調査実態と具体的防止策(社会保険労務士)
     第2部:残業代請求事件の具体的な解決方法(弁護士)
3.日時:?3月18日㈮ ?4月8日㈮ 
     各回共に18時〜19時30分
     第1部:18時〜18時40分
     第2部:18時50分〜19時30分
4.場所:岡本政明法律事務所(新宿御苑前徒歩1分)
5.定員:各回5名
6.費用:無料
7.参加者:弁護士:岡本直也
      特定社会保険労務士:酒井健介

ご興味がある方は「お問い合わせフォーム」からご連絡ください。

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 当事務所は使用者側の労働事件を多く解決しているため、豊富な知識と経験に基づき
創業25年以上にわたって社労士業務を行っている社会保険労務士法人酒井事務所
http://www.profit21.co.jp/sakai/gyoumu.html
と提携して業務を行っております。

そこで、人事労務に関する不安を抱えているお客様(使用者側)向けに当事務所の弁護士と
社会保険労務士法人酒井事務所の社会保険労務士が2人1組で相談会を行う機会を
設けたいと考えております。具体的には以下の通りです。

1.相談内容:人事労務・法務に関わるあらゆる問題
2.相談日時:土日祝日を除く午前10時〜午後20時のうち1時間弱
       (具体的な日時については適宜調整させて頂きます。)
3.相談場所:岡本政明法律事務所(丸ノ内線・新宿御苑前駅徒歩1分)
(ご事情によってはお客様の事務所等で行うことも可能な場合があります。)
4.料金:無料

ご興味のある方がいらっしゃいましたら、お問合せフォームより気軽にお問い合わせください。どうぞ宜しくお願い致します。

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一 「労務管理」という言葉は嫌いですか?
 
(1)   企業経営者の皆様、自分の会社で働いてくれている社員を宝だと思っておられますね。当事務所は、会社側の代理人として対応することが通常ですが、社長の真摯な姿勢に感激する体験を幾度もしてまいりました。
  でも会社の健全な成長のためには、愛だけでは不足です。「労務管理」という言葉を聞くと嫌な気持ちになるという経営者の方は、それはそれで立派なのですが、会社の成長なくして、従業員に報いることはできません。その事実は、あなたが一番ご存じのはずです。日々の成長に苦しまれる貴方こそが、「労務管理」の必要性を一番ご存じのはずです。
 
(2)   幾度か体験した労働災害の実例、今回は、従業員の死亡の場合について紹介しましょう。
 私が弁護士になったころと比較しますと、近時、従業員の自殺が労働災害の紛争として激増している印象です。私の経験だけでも自殺事件は10件を超えているのですが、その例として皮肉にも「愛の示し方」の失敗により、泥沼状況になった例をあげてみましょう。
自殺の報を聞いて、一番に駆け付けた営業部長が泣きながら「会社にも非があったと思う」と述べたことから、労働災害による自殺として労基署に申請されました。この案件は、後に双方の感情がエスカレートし、本当に残念な経過をたどりました。また、葬儀に出席された幹部社員のお詫びの言葉によって、会社に強い要求がなされた案件もありました。これらが上場企業の実例だとお話ししたら、あなたは驚かれるのではないでしょうか。
更に、従業員の病死までも含めますと、残業代、パワハラによる損害賠償請求を巡って、共産党系の弁護士と弁護士会館で怒鳴りあいの交渉になった経験も幾度かあります。この方々は、事実により判断するのでなく、感情的に主張される例が本当に多い。何故か、相手の指定する喫茶店での交渉で、下品な罵詈雑言に対し(この方も、残念ながら弁護士)、「事実に基づいて主張しろ!」と怒鳴り返したのは、私が血気盛んな頃の話です。
 
二 社会保険労務士(以下、「社労士」と言います)の先生
 
(1)   労務管理はどうされていますかとお聞きしますと、人情味のある経営者幹部の方の多くは、従業員の就業規則や労働保険、更には給与計算まで全面的に、社労士の先生にお任せしているから大丈夫ですとおっしゃる方が多い。
確かに、当事務所で提携しているような優秀な先生を除き、全く大丈夫でない実例をお話ししてみましょう。
 
(2)   社労士の先生方の未熟な対応により、紛争になった事例は本当に多いのです。かっては社労士の判断ミスによって、懲戒解雇が労働訴訟になった事例はたくさんありました。労働訴訟になれば弁護士の出番であり、社労士では処理できません。訴訟を経験しないで微妙な法的判断をすることが難しいのは誰が考えても分ります。
最近懲戒解雇の正当性を巡る社労士の典型的な失敗事例は減ってきたように感じます。社労士会等の自覚で講演や実習等をされていることも知っておりますが、むしろ経営者の方々の知識が高まり、懲戒事例の場合には早期に弁護士に相談されるからでありましょう。
 
(3)     しかし、労働災害事件は、社労士のミスによる案件が逆に増えている印象があります。
事件の端緒ともなりますが、労災請求に関して労働基準監督署から関係資料の提出依頼が来た場合、会社の対応としては、社労士に相談することはあっても、弁護士には相談されないということが原因ではないでしょうか。
驚いたことに、社労士の先生が、「この案件は、どう考えても労働災害として認定されることは無いでしょう」と言われたため、放置していたら労災が認定されてしまったという事件もありました。更には、社労士の先生が作成された書面や発言が逆に会社にとって不利に扱われてしまったという事件も経験しております。
 
三   結論=「社労士と弁護士との協同作業が会社を支える」
     社労士の先生は、訴訟の専門家ではありません。訴訟の代理人にはなれませんし、代理が可能な民間紛争解決手続きにおいても120万円などという制限もあります。訴訟となった場合、二重経費の計上となる弁護士と社労士の先生双方に依頼することは通常ありません。弁護士は登録さえすれば社会保険労務士としての資格も具備できるのですが、残念ながら、弁護士業務と並行して社労士業務である社会保険の代理申請や給与規定のチェックをする弁護士は知りません。両者の業務システムには大きな違いがあるからです。
当事務所は、社労士業務に関しては優秀な先生にお願いしています。何故なら、日常業務となる社労士の先生との協同こそが大切なのです。優秀な社労士の先生は、訴訟になることまで見込んで、日常の労務手続を進めていただけます。根本的なことは、労務管理においては、弁護士と社労士との双方が協同関係をもって、即ち双方の専門家が何時でも連絡を取り合えることを前提として、日常の労務管理を行うことが要諦なのです。このような「企業活動を支える仕組み」を作りましょう。
当事務所は、経験豊富な社会保険労務士法人酒井事務所と勉強会を開くなどして、日常的に連携を取り合い、これまでも様々な事案に対応してきました。

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1 当事務所が勝訴を得た裁判例

  今回は、当事務所が病院側の代理人として勝ち取った画期的な裁判例について話をしたいと思います(平成24年3月30日さいたま地裁秩父支部判決。)本件は、法律系出版社にも関心を示して頂いており、依頼者の了承を得て、同社が運営する判例データベース等にも掲載される予定です。

  さて、この事件は、院長職にあった産婦人科医(原告)が病院(被告)に対して時間外手当(残業代)及び深夜手当等(約1億4000万円)を請求した事案です。

主たる争点は?原告主張どおりの時間外労働が行われたか?原告が管理監督者であったか否かの2点でした。

裁判所は、?原告主張どおりの時間外労働が行われたかという論点について、原告が当直時間中に居酒屋等で飲食をしていたことなどを理由に「原告が当直(待機)をしていた、即ち被告の指揮命令下に置かれていたと認めることはできない」などと判示して、原告主張どおりの時間外労働を認めませんでした。

また、?原告が管理監督者であったか否かという論点について、「原告の職務内容、責任、権限、勤務態様及び賃金等の待遇を総合考慮すると、原告は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にあった」と判示しました。

その結果として、原告の請求は棄却され、被告は時間外手当及び深夜手当を1円も支払わないで判決が確定しました。

院長職とはいえ、勤務医の管理監督者性を認めた判決は全国で初めてではないかと思います。

 

 

2 管理監督者とは何か

  労働基準法上、「管理監督者」に対しては、時間外手当に関する割増賃金を支払う必要がありません。

  しかし、コラム「残業代請求は会社を潰す!?」でも書いた通り、社内において「管理職」という肩書を付けたからといって労働基準法上「管理監督者」と認められるわけではありません。

「名ばかり管理職」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃると思います。マクドナルドの店長が「管理監督者」として認められなかった事件は有名です。

「管理監督者」として認められるためには、?重要な経営事項に関与して経営者と一体的な立場にあること、?労働時間に関する規制がなじまない勤務態様で出退勤等に関して厳格な制限を受けていないこと、?広い権限と責任を有しており高待遇を受けていることなど様々な要件を満たす必要があります。

そのため、「管理監督者」として認められた裁判例は数えるほどしかありません。

そればかりか、やっとの思いで裁判所に「管理監督者」と認めてもらったとしても、労働基準法上、深夜手当は支払わなければならないことになっています。

時間外手当及び深夜手当について裁判で“1円も支払わなくて良い”という結果を得るのは容易いことではないのです。

 

 

3 勝訴判決を得た理由は何か                                        

(1)産婦人科医不足は深刻です。

  平成21年には、皇族が出産したことでも有名な愛育病院が、労働基準監督署から指導・是正勧告を受けました。宿直による時間外手当が未払いであることなどの労働基準法違反が理由でした。

  しかし、指導・是正勧告どおりに医療を行っていたのでは宿直維持が困難になってしまいます。愛育病院が“総合周産期母子医療センターの認定を自ら東京都に返上する”と発表したために、「出産難民がますます増えるのではないか」と騒ぎになったのを覚えてらっしゃる方もいらっしゃるのではないかと思います。

  産婦人科医師の勤務環境は言葉に表せない程に過酷です。他方で、病院の経済力にも限界があります。病院と産婦人科医師は、妊婦と胎児の生命を守るため、自らの家族や看護師等スタッフを養っていくために、協力し合って日本の医療を支えているのです。

  医療が抱える現実の前では、法律が余りに脆弱すぎるのかもしれません

 

 

(2)本件の被告(病院)も、産婦人科の置かれた厳しい現状の中、産婦人科医不足に苦しみつつ、良好な産婦人科医療を提供するために試行錯誤を続けておりました。

   もちろん、裁判所が判決文の中において、このような背景を被告勝訴の直接の理由にしているわけではありません。裁判所は、?原告の地位が高いこと、?被告経営に積極的な関与をしたこと、?原告に与えられたクリニック運営権限が大きかったこと、?原告が当直に従事することは不可避な態勢であった一方、原告は当直時間中に居酒屋等で飲食することが認められていたこと、?原告の年俸が理事長の給与に匹敵すること、?パート医師に比べて特別の待遇を受けていたことなどを理由に被告勝訴の結論を導き出しました。

   しかし、日本の産婦人科医療が抱える矛盾とも言い得る背景を無視して、このような画期的な判決を得ることはできなかったと考えております。

 

 

(3)本件は、病院の事務局長らの協力を仰ぎながら、病院と当事務所が一丸となって戦い、勝ち取った判決です。

  当事務所では、紛争の根本までさかのぼり、依頼者が何を求めているのかについて寝る間も惜しんで懸命に考えながら、最良の結論を導き出すようにしております。

  お気軽にご連絡いただければ幸いです。

(今回の記事は岡本直也弁護士が担当しております。)

 

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  (なお、上記コラムの目次は最新掲載のもの5本しか掲載できません。コラムに
  掲載されている全ての目次は右上にある「アーカイブ一覧」及び左上にある「過去
  ログの検索」でみられます。是非クリックしてご覧ください。)
 
1 過去の労使紛争
 
  新しい年を迎えたことでもあり、労使紛争を通して将来を考えてみましょう。
私は、労使紛争には社会の鏡の側面があると何時も考えています。
私が労働組合の労働者側の支援者として労使紛争に参加していた時代と、現在の労使関係は全く様相を異にしています。
私が経験した1960年の半ばから1970年代の前半は、まだまだ社会的に不安定な時代でした。その時代の労使紛争は、都心の一等地であっても、いわゆる暴力団の介入もあり、ピケ破りや集会破壊のための殴り込みも頻発し、労働者が自分の権利を守るためには実力が伴う時代でありました。
昔話をさせていただくなら、神田で行なわれた書籍販売会社の労働組合集会に対する暴力団の殴り込みを阻止するべく、文字通りボディガードのように体を張って守った経験や、或いは社長の自宅にデモを組織したこともあります。デモの時は機動隊に阻止され、雨の中での乱闘になり、この予想外の展開には驚き、警察の対応に怒りを覚えたものです。当時は体を張って労働者の立場にたつことに何の躊躇もありませんでした。つまりそのように明白な対立構造を示す時代だったのです。
 
2 現在の労使紛争
 
  現在は随分様相を異にしています。
労働者とはいえ、実力で自己の要求を伝えることにも合理的に制限があると認識されるようになり、それなりの法整備もなされてきました。これまで述べてきた労働法制や、或いは労働者の主張を経営者側で吸い上げる仕組み作りもなされ、法的に限界を超えると判断される実力行使が非民主主義的な行動として考えられ、しかもそれが受け入れられる時代になったと言えます。
昨年5月、生コンクリート製造会社の工場に押し掛けた労働組合の幹部ら12名が威力業務妨害容疑で逮捕されたという記事を記憶されている方もおられると思います。この事例は工場の出荷妨害になった行為が威力業務妨害にあたるというものであり、また会社や元社長の自宅に対する街頭宣伝活動そのものが差止めされた東京高等裁判所判決も存在します(平成17629日東京高等裁判所街頭宣伝活動禁止等請求控訴事件)。これらの事例が違和感のない時代になっているということは過去の労働組合活動からは想像もできないことです。
 
3 これからの労使紛争
 
世界は狭くなりました。
ギリシャの経済危機が欧州債務危機となって瞬時に我が国の経済に影響を及ぼす時代になりました。円高はまだ続くのでしょうか?
昨年は日本の負債が900兆円を超えていると幾度も報道されました。皆さん気づかれないでしょうが、格差社会が進行を始めたと考えられる兆候は我が事務所の事件からでも見通すことができます。
そもそも紛争解決手段として、昔経験した実力による労使紛争が物理的に合理的なものでないことは明白です。これらが、人を大切にする民主主義の理念に反することは争いようがありません。逮捕という上品な(?)結末以上に、怪我をすることくらい止むを得ないものとする当時の労働組合活動に何のメリットがあるのでしょうか。
精神的には勿論、物理的に人を犠牲にすることには何の合理性もありません。こんな不経済なシステムが最悪な社会であることは明らかであり、このような時代の再来は決して見たくありません。
私は危惧します。
我が国が金融恐慌になっても今までの民主主義のルールがこれまでどおりに通用するのであろうかと・・。格差社会がどんどん進行しても法による規制が民主主義の原理として認識され続けるのであろうかと・・。
若かりし私が経験した二つの立場が決定的に対立していた時代が再来することを危惧せざるをえません。当時の社会状況が再度到来しない保証はないからです。
 
4 本来の労使紛争
 
経営者と労働者という二つの立場は、現在の法律上当然に予期されるべき立場であり、どちらの立場においても守られるべき立場、即ち我々法律の職人からするなら、それぞれに守られるべき権利があるのです。それらの権利は当然に保障され、つまり我々弁護士の職業上の課題となるのです。労使紛争においても民主主義としての一つの形が示され、現在機能していると判断できるからです。
学問用語ではこれを法治主義と言いますが、私はこの言葉があまり好きではないと本コラムでも書きました。法治主義は、自由競争という市場経済主義により生じる人の欲望に対する後追い規制政策にすぎないからです。
 
5 課題
 
現在を生きる我々の課題は、この二つの立場が全く融通性なく、非妥協に、対立する時代が来るということだけは避けなければならず、その工夫が必要だということです。

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1 我が国の労働時間
前回コラムに書きましたが、「我が国の労働法制が社会主義化しているか」という問題提起に対して、そのような問題提起は愚問であることを説明しました。しかし上記問題提起に対しては、さらに違った側面から実態的に分かりやすく説明ができることをお教えしたいと思います。
  それは、現在の先進国間における労働時間と、我が国の労働時間を比較対照することです。わが国の労働時間は先進国での労働時間と比較して、とても自慢などできるものではありません。
日本は欧米に並ぶ先進国とされていますが、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデン等の労働時間と比較すると、日本はなんと年間労働時間は300時間から400時間も長いのです。長時間労働をしている雇用者の比率は5倍にも上ると統計が示しているのですから驚きなのです。市場経済原理が導入されているアメリカは労働時間規制が弱く、長時間労働の比率が高いと問題視されています。それでも週に50時間以上労働している雇用者の比率は日本28.1に対し、アメリカは20でしかありません(「過働社会ニッポン」小倉一哉著 日経ビジネス文庫)。アジアでは先進国とされる韓国が、先進国の中では最も長時間労働だと判断されていますが、これも次のような視点から読み取ると大変興味深くみることができます。
 
2 労働時間と労働力の関係
それは、労働力がその国のシステムのなかで経済的にどのような意味を持っているのかということであります。私は、その国の世界の中での位置づけは、原則として労働者の商品価格、その国の労働者に要する経費(給与等)で容易に推測できると考えております。
後進国を含めて考えて見ましょう。
そこで質問ですが、ある国で、その国の有する資源とは何を意味するのでしょうか?質問されている当該国が石油やウラン或いはレアメタル等の資源、或いは先進国のように他国に対して売ることのできる技術力等の商品を持っている場合は別個の評価を加えて判断されますが、上記に示す例外的な場合を除いて、その国の経済力は、商品としての労働者の市場価格、即ち当該国の賃金の高さ、低さで評価や推測ができるのです。
労働力の商品価格の決定については、後進国では識字力等の文化的な側面もあるでしょうが、先進国では、その国の経済力の反映として価格付けされていると考えて間違いありません。我が国でも、中国その他のアジア諸国の、労働力の安い国に工場を進出させる企業を見るなら容易に分かることです。即ち、労働力の価格はその国の経済的な位置付けにより決定されており、人という資源によって他国の企業が、労働力の安さという一点において海外進出するのです。企業はグローバルな構図の中で流動しています。
 
3 労働力の価格と労働時間
結論からいいますが、先進国の中での労働力の価格の決定基準は、単純には労働時間で考えていただければ、意外と単純化してみることができます。労働力に対する規制も諸外国で種々の形態があるとはいうものの、労働者は人間そのものですから、売却できる労働力の中身が検討された後には、その中身に差がなければ、労働時間の長短でその価格が変わるのは当然のことであります。長時間労働させれば時間当たりの価格・経費は低下するのです。
そもそも労働に関する法令は労働時間に関する規制が中心であります。労働規制のないアジア諸国の労働時間は大変に長時間労働です。先進国と称される韓国が長時間労働であることも既に説明しましたが、妙に納得できるのではありませんか。
また我が国の労働法制を中国と比較するなど無知以外の何ものでもないこともお分かりいただけたでしょうか?
もっとも、労働法では労働力を商品として論じることに強く嫌悪感を示す学者もありますが、実用的に物事をみていくべきです。つまり、グローバルな視野において労働時間を考察する必要があります。
あなたは、労働時間が短縮されれば、余暇が増えるので若者が子作りにいそしみ、人口減少化に歯止めがかかり、ひいては経済力が増すし、消費も増大するという主張を聞いたことがあるでしょうね?「そんな簡単な訳がない」という通俗的な反論は遠慮して下さい。フランスで減少していた出生率が増えたのは35時間労働制にしたためと、その因果関係を主張する人もいます。
では、次項で、日本の労働法制は先進国の中でも進んでいると考えているあなたの常識を覆してみましょう。
 
4 再度労働法制について
日本の労働時間が先進国の中で決して短くないことは既に論証しました。それでも「国民性」を持ち出して反論されるあなたに、日本特有のサービス残業はどう評価されているのかお聞きします。
「サービス」残業なのですから正確な数字を把握することはできません。サービス残業をしましたか?という形での聞取り統計しかありませんが、日本は本当にサービス残業が多い。先進国の中でも異常なのです。しかも非正規労働者ですら残業をしています。これも先進国並みではありません。そもそも非正規労働者(遂に労働者の39%を占めるまでになっていることは前回説明しましたね)の中の「パート労働者」の定義を、EUの殆どの先進国では週30時間以下の労働者であって、残業はないという意味にて説明しておりますが、日本では、これにも絶対に当てはまりません。日本のパート労働者は残業もしております。パート労働者の労働実態によってですが(労基法39条)、パート労働者にも年次有給休暇が与えられるという常識的なことからもお分かりいただけるでしょう。
日本と大違いのフランスでは、労働時間に関する35時間法が見直し議論されているくらいですが、公務員の団結権も認めております。先日、ネットを見ていて、フランスの警察官が集団で団結権を行使しているのを見て、その異様さにびっくりしたとの記載がありました。日本の労働法制が社会主義国のようになっているなどと誤った印象を持たないようにしていただきたいと願います。
 
5 労働時間の長さは「日本の国民性」だけで説明がつくのか?
私は、労働時間の長さを考えると、日本は本当に先進国なのかと時々疑問にも思います。しかし争いごとの嫌いな、真面目な国民性を考えると、争いごとの最先端にいる我々弁護士の業務に影響することはあっても、やはり自慢できると思います。東北大震災での争いごとを好まない国民性が、国際的に評価されたことを誇りに思う気持ちは、既に弁護士として失格なのでしょうか?
以上、国民性を含めて現在の日本の状況を考察しますが、やはり日本は先進国なのですから、「国民性」に甘えている訳にはいかないでしょう。それだけの代償を払うのが先進国であり、「国民性」云々よりも労働力に見合った技術或いは革新性が日本にはあるはずです。ヨーロッパの先進国並みの時間労働であっても、十分に先進国に張り合える国民であると私は思います。
これらから結論付けるとすると、法規制の典型である労働時間は、将来もっと短縮される方向で法立法がなされるのではないでしょうか。
今後、労働時間を巡る紛争、弁護士の出番が減ることはないというのが結論でしょう。
 
6 まとめ
今回は、労働に関する法的な側面からの考察ではなく、世界の資本の流れのなかで、その国の労働法制が決定され、しかもその国の経済力に影響されて法規制として定められ、その過程の中で労働力の価格が決まることを話してみました。
逆説的には、労働法制がその国の経済力まで決定してしまうという側面から労働法制を考えてみましたが、真実は論理が逆で、その国の経済力によって労働法制が定まる、つまり給与が決定されるというのが私の話したい、悲しい結論です。
しかし、給与が高ければ国民の購入意欲が高まり経済力が増すという意見もありますから、本当に難しい問題なのですね。
  これから日本はどうなるのでしょうか。
 
 

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始めに(当事務所が企業側労働法務を行う基本姿勢)

  今回掲載するコラムは元々3回に区分して記載したのですが、3回に分けるほうが読みにくいことが分かりました。我が事務所の労働事件に対する関わり方・姿勢についても示しております。
 3回に区分した題だけでも以下に示し、何を書きたかったかを先ずお知らせしようと思います。当事務所の若い先生方の指針ともなる重要な内容を持つものですから、私のコラムに関心をお持ちの方は本編を是非ともお読みいただきたいと思っております。
 
 第1 日本の労使問題は社会主義化しているのか?
 
 第2 労働法制の歴史
 
 第3 労働事件に関する当事務所のあり方・関わり方
 
 
第1 日本の労使問題は社会主義化しているのか?
 
1 有名弁護士の言葉
 企業による人気投票で超有名な弁護士が、日本の解雇問題にふれ、「中国よりも日本のほうが実質的には社会主義ですね」と指摘し、直ぐ続いて、中国での冗談として「日本人と付き合うと、おまえ、社会主義者になっちゃうよ」と書かれている本を読みました。その本では面白おかしくインタビューに応じている様子が記載されていました。
 皮肉をこめて批評するなら、彼の分析はきちんと事実認識はしているが、しかし歪んだ分析力であると言わざるを得ません(有名弁護士は「冗談です」と言われるかもしれませんが、それでは出版物の内容から判断しても演出過剰でしょう)。
これまで当コラムで記載しましたように、解雇の有効性を裁判所に認めさせることが本当に難しいという事実を述べているだけなら、それは一面では正しい経験に基づいた分析力ではあります。しかし我が国の労働法制は「社会主義」だと直ちに認定されるべきものなのでしょうか。かかる認定は基本的な姿勢に問題があるのです。
 本コラムでも、そろそろ我が国の労働法制がどのように考えられて立法され、今日、労働実態の激変と国民の認識によってどのように変化してきたのか。或いは、立法当時の基本的な認識と根本的に異なった別途の考え方で労働法制に対峙する時期にきているのか。そして変遷があったとする提言があるなら、それはどのような理由に基づいているのか。
これらを考察する時期に来ております。
端的にいうなら、これらは、今、検討途上にあると言えるでしょう。しかし、ここでは学者の世界に入って、その論拠を検証しようという訳ではありません。コラムなのですから、その難しさだけでも感じていただければよいと思っております。これから書きます当コラムは多少理屈っぽくなりますが、労働法の立脚点を知るには重要です。興味のある方はどうか最後までお付き合いください。
 
2 労働法の基本的な考え方
 私が司法試験を志した当時の労働法教科書には社会主義運動の「アジびら」のような内容が記載されております。これを読まれるなら皆さん驚かれると思います。
長いですが象徴的ですのでその一部を紹介しましょう。
 「ところが現実についてみると、労働者は被搾取階級であり、被支配階級である。生産手段をもたない労働者は総体としての資本から自由には生活できない。労働者は商品の生産を資本のもとでしかおこなうことはできない。しかも生産物は労働しない資本所有者の生産物(商品)となる。だから労働力の生産性は資本の生産性として現象する。このような労働者の資本制生産社会における地位は資本に従属的なものというほかはない。そして、かかる階級的な従属は個別的な労使関係における交渉力の不平等としてあらわれるし、また生産過程においては生産手段の所有者の指揮・命令と労働者の服従として形をとる。工場が有機的構成を高めるほど、労働者は工場という組織体に従属するようにもみえる。本質的には資本への従属である。」(労働法要説改訂版沼田稲次郎著5頁)。
 上記労働法の骨子は「従属労働概念」という言葉で要約できると思います。
 
3 私の初心
大学卒業後、相当経ってからこの教科書に出会いました。こんな本当のことを司法試験で書いてよいのかと疑心暗疑になったことを記憶しております。本当のことを堂々と主張できるのなら本気で労働法を勉強することも悪くないと考えるようになりました。28歳ころまでアルバイト中心の生活で、組合活動を支援したり、不動産会社に勤めたこともありました。精神的には、「モラトリアム」気分で勉強を口実に気ままな生活をしておりました。言葉だけでなく、強く司法試験受験の決意ができたのはこの教科書のおかげだと思っております。青春といわれる時期の終末、30歳で結婚し、その女房には私の我が儘を理解してもらい、本当に世話になりました。
 
4 司法試験での経験
急激な社会の変化や国民意識の変化に伴い、今、司法試験で「従属労働概念」をストレートに使って論文を提出したら合格できないでしょうね。少なくとも、現在の複雑な労働問題に直面していない回答だと誤解されるでしょう。
でも本当は私が受験した当時でも、こんな言葉が出てきたら不合格だったと今は考えております。多分論文に合格した年度の出題はこのような概念と無関係に回答できたのでしょうね。申し訳ないが、私は、モラトリアム時代から、司法試験出題者も、採点する先生方も、良くも悪くもこの程度でしかないと判断しておりました。
 
5 現在は労働法の曲がり角か?
結論から述べますが、急激な社会変化に伴い、労働法制を考えるに際しても、従属労働概念に手当ては当然に必要になってきております。社会の多様性や複雑性に伴い、集団的・一律的な労働者としての把握を、「個人主義的な労働者像」として把握するべきであるという労働概念を提起される学者もいます。この考え方からすると集団的労使関係即ち組合活動の解釈は相当変化せざるを得ないでしょうね。
しかし私は、社会の基本構造までは変わっていないと判断しております。確かに労働者派遣法や近時制定された労働契約法等の分析なくして労働紛争を解決することは困難な時代になってきました。労働組合の使用者に対する対決概念だけでは現在の労使関係を考察することは困難な側面も出てきました。個別的な労働形態の発生や、現象面としての組合の組織率の低迷だけからでも直ぐ理解できることです。
では新しい労使哲学が生まれているのでしょうか? 否です。
 結論から言いますが、日本の労使問題即ち労働法制が社会主義化しているかとの問いかけは誤りです。
 
 
第2 労働法制の歴史
 
1 労働法制は破綻したか?
 我が国の労働法制度は決して破綻などしておりません。
確かに現代社会の変遷は、我々の予期の範囲を超えるものです。私は、社会激変の今日でも、労働者は法律的に使用者と契約当事者対等概念を適用する程には成熟しておらず、労働法の基本概念を廃棄する程までの社会変化には達していないと考えております。確かに従属労働などと「アジびら」のような概念を使わなくても消費者保護や高齢者保護と同じ感覚で再度労働者の不平等を手当てすればよいとも言えましょう。しかし果たして、それで労使関係の「根っこ」を捕まえられるのでしょうか?
非正規労働者が労働者の占める割合39パーセントに達したという厚生労働省の2010年度調査の発表をみるだけでも労働法の根本理念に変化があったなどと主張することはできないと思います。
 
2 社会主義とは?
私は、労働法を考えるに際しても、諸外国の政治制度の変遷、特に社会主義制度の国々の幻滅的なまでの失敗或いは我が国の政治理念を振り返るべきであると思っております。そして大多数を占める国民の認識にたつなら、憲法の理念にいささかの揺るぎも発見できないと確信しております。憲法の規定については既に当コラムで触れているところです。
 私は、社会主義制度の国々に憧れ組合活動にも参加したことは前に述べました。学生時代には資本論を読むべく努力し、座右の書はその総纏めだと言われる「ドイツ・イデオロギー」でした。40年以上前ですが、繰り返しマルクス・エンゲルス共著のこの本を読んだ記憶があります。
私のモラトリアム時代、カンボジアの大量殺戮に呆れ、国民を蔑ろにする中国の共産主義に怒りを感じ、ソ連崩壊等を経ていつの間にか人間の欲は社会主義の理想よりすさまじいものがある、共産主義は夢であり、その到達過程には人間の欲が待っていると思い知るようになりました。
私の思想的な変遷は複雑ですが、根は「一般庶民・人間を大切にしろよ」というものでした。「社会主義でも理想は実現できないというより、現実の社会主義は資本主義よりもっとひどい」ということだったと思います。
 
3 我が国の国家制度
 社会主義或いは共産圏国家に絶望しても、現在の国家制度のあり方についてはよく分からなかった時代が長かった。ケインズの「修正資本主義」或いはフリードマンの「新自由主義」もこの頃知ったのだと思います。
政府の市場への介入を主張したケインズの世界恐慌克服論或いはフリードマンの自由市場主義論に淡い期待を抱きながら、資本主義体制の修正或いは手当をどのようにするのかという経済論に関心を寄せたこともありました。
でもフリードマン信奉者である小泉さんには、自らの弁護士業務に関係するだけに、直ちに滅茶苦茶に幻滅しましたね。フリードマンの主張する「政府は小さいほうが良い」との主張には新鮮さを感じていましたが、「医師の免許制は悪しき制度であり、国民の自由を制限するもの」と主張していると知った時から懐疑的になりました。そして「弁護士資格も自動車の運転免許と同じにしよう」という新自由主義信奉学者が法制審議会に参加していることを知り、現在の改革されつつある司法制度に絶望しました。この新自由主義の論拠には、ケインズですら言う「我々が生活している経済社会の際立った欠陥は、完全雇用を与えられないこと、富と所得の分配が恣意的で不公平であること」という人間の欲への基本認識がないことに根本的欠落があると考えております。私が司法の一翼を担う弁護士であるが故に、フリードマンの限界は肌で触れるように直ちに理解できました。
これからの司法制度のあり方が本当に心配です。
 
4 労働法制のあり方
当初述べました企業による人気投票で超有名な弁護士の話が、日本の文化或いは労働法制あり方から論じていれば私は納得したでしょうが、「中国よりも日本のほうが実質的には社会主義です」と何を根拠に言っているのか「あほらしくなる」と言うのが私の真意です。
労働法制の理念は憲法に規定されたとおりであり、法制度は、我が国の文化のあり方、即ち労働社会の複雑さに対応して手当を繰り返してきました。生きる庶民の労働力という商品、労務提供契約に規制があるのは人間の限りない欲に対する規制なのです。修正資本主義という用語を使用してよければ、手直しを加える労働法制に何の問題があるのでしょうか?
かつて総理大臣であった管首相の「最小不幸社会」は理念としては絶対に正しいと思っております。残念なのはケインズ理論で確立された「乗数効果」すらも知らなかった「勉強不足」に、首相としての資質を問うべきでしょうね。
 
5 世界的な労働法制
そもそも世界的にみても日本の労働法制が社会主義化しているなどと誰も言いません。
アメリカにおける雇用の自由市場を前提にした労働法制もあれば(解雇が比較的に容易に認められる)、或いはフランスのように日本と同じように厳しい法規制を課している国もあります。労働市場のあり方等に影響されて労働法制はその国によって様々なのです。
失業率に喘ぐオバマ大統領をみるなら、アメリカの労働法制が成功しているなどとは誰も言わないでしょう。それに引き換えフランスの厳しい労働規制を社会主義化したなどとは誰も言いません。中国での「人治国家」より先進国の「法治国家」が最小不幸社会の防止に寄与していることは真面目に労働法制を勉強する者なら直ちに理解しうることです。
超有名弁護士の言など「世迷いごと」のたぐいなのです。
 
 
第3 労働事件に関する当事務所のあり方・関わり方
 
1 企業側労働法務
揺れ動く社会の変遷のなかで、私はこれまで触れ合う方々との人間関係を大切にして弁護士業務を行ってきました。数え切れない方々とお付き合いさせていただきました。その中から顧問を依頼され、今では立派に上場される企業まで出てきております。こんな幸福な弁護士稼業があるでしょうか。
人間的な深まりのなかで、必然的に労働事件も依頼されるようになりました。たまたま企業の方々との付き合いが中心でしたので企業側の労働法務に精通するようになりました。企業側の労働法務が中心になっていることに所長である私は、自分の生き様と何の矛盾も感じておりません。
 
2 当事務所の課題
労働法は管さんのいう「最小不幸社会を目指して」労働者のための規制を設けております。我々弁護士はこのような労働法に従って双方の立場に立って自己実現に向けて頑張るだけなのです。我々は、法適用場面における紛争解決のために要求される職人でしかありません。正義は双方にあります(「正義」というより、「理由のある自己主張」といったほうが私には馴染む)。企業側であっても、その労働法制の規制の中で、全力を尽くすことで我々の業務は貫徹されたことになります。
国民が司法に要求するものは、立場が違えどもその立場において当該立場の依頼者のために全力を尽くす弁護士こそ求めておられるのではないでしょうか。
法制度はこのように運用されるべきなのですから、当事務所は企業側であることに何の躊躇いもありません。それこそが司法という制度において一方の立場にたつ弁護士に課された責務だからです。
 
3 最後に
 考えて見ますと、今回のコラムは当事務所所属弁護士に向けてのプレゼンテーションのようにも思えます。
私は、当事務所所属弁護士に向けて次のように宣言します。
 
 
『当事務所全員は、司法の一翼を担うという名誉ある立場を誇りにし、依頼者のために全力を挙げて頑張ります。』
 
 以 上

 

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